パリ・オリンピックの女子ボクシングで、かつて遺伝子検査で出場権をはく奪された選手が二人、参加していることが注目されています。66kg級のイマネ・ヘリフさん(アルジェリア代表)と、57kg級の林郁婷さん(台湾代表)です。ただ、元男性の方が女子スポーツに参加しているという多くの誤解を生んで批判を集めてしまっているようです。性別とは、実は思っている以上にあいまいなもので、こと女子スポーツに関しては多くの議論の余地をはらんでいます。
遺伝子検査で失格に
この二人の選手は、ロシアが主導している組織の国際ボクシング協会(IBA)によって遺伝子異常があるとされ、出場資格をはく奪された過去がありますが、今回のオリンピックでは国際オリンピック委員会(IOC)が出場を認め、参加することができるようになりました。
IBAが二人に待ったをかけた理由は、遺伝子検査でした。性染色体が男性の特徴であるXYだったことがわかったためです。
ちなみに、ヘリフさんをトランスジェンダーと誤解して情報を拡散し批判している方が多くいらっしゃいます。トランスジェンダーは生まれたときの性別から違う性別に変更した人のことですが、ヘリフさんは生まれたときから女性として育てられてきたそうで、アルジェリアのメディアが幼少期の写真を報道しています。赤い丸で囲われた女の子がヘリフさんだそうです。
Soutien TOTAL à notre fierté et grande Championne Imane KHELIF ❤️🇩🇿 !
— La Gazette du Fennec (@LGDFennec) July 31, 2024
En 2021, La Gazette du Fennec faisait la découverte de cette boxeuse avant les JO de Tokyo et on savait déjà qu'elle allait marquer l'Histoire de son sport !
Nous sommes de tout coeur avec cette femme… pic.twitter.com/X52aZohsmy
何をもって性別を決めるのか、という問題があります。二人とも生まれた時から戸籍は女性になっていますし、おそらく、外見的な特徴も女性なのだと思われます。IOCは、パスポートの性別を最重要視し、遺伝子検査は考慮しないと指標を掲げています。
林さんは遺伝子検査の結果に関し、試合のスケジュールに生理周期を合わせるためにホルモンレベルの薬を投与している可能性があるという調整したことが原因ではないかという指摘もあります。
(参照) Taiwanese boxer loses bronze over failed gender test | Taiwan News | Mar. 27, 2023 11:51
血液検査も行っている
オリンピックでは、遺伝子検査による性別の検査のほか、血液中のテストステロン濃度を測定するという血液検査も行っています。テストステロンは男性ホルモンの一種で、筋肉の形成などに関与していて、10nmol/L以上の値が出てしまうと失格になってしまいます。
1982年からテルトステロンをドーピング薬物リストに指定されているのですが、生まれつきテストステロンが多い女性もいるため、そういう人は、薬によって下げる必要があります。大東製薬工業のブログによると、女性の正常値が0.35~1.97nmol/Lだそうです。
ヘリフさんは、2023年3月に行われたアマチュア大会中、このテストステロン値が基準を超えたとして失格になった経験もあり、やはり男性的な特徴はあるのかもしれません。
トランスジェンダーも血液検査を設けたが
ちなみに、トランスジェンダーの方の場合も、このテストステロン値を検査され、試合前の1年間、10nmol/Lであることが義務付けられています。ただ、この10nmol/Lという値では有利すぎると判断され、最近では陸上競技の国際競技連盟であるワールドアスレティックスが5nmol/Lへと基準を厳しくしているようです。
ただ、成長期を男性として過ごしてから女性へと性転換手術をした人は、いくらテストステロン値を下げていても、骨格が男性なので有利だという批判がありました。そこで、IOCは思春期よりも早く性転換手術をしていないといけないという指標も設けることが決まりました。これにより、一般的なトランスジェンダーの方は事実上、オリンピックに出場できなくなったといえます。
セメンヤ事件
このテストステロン値による制限が導入されたきっかけは南アフリカの陸上選手、キャスター・セメンヤさんです。2010年のロンドン五輪、2014年のリオ五輪の800m走で金メダルを獲得している選手です。
外見が男性のようだとして疑いをかけられ検査を行ったところ、体内に卵巣も精巣も持っていることがわかりました。人為的なものではないため、過去のメダルがはく奪されることはありませんでした。しかし、精巣がテストステロンを分泌しているため、スポーツでは有利になってしまいます。そこで、平等になるようにテストステロン値の上限が定められ、基準を超えないように薬で調整する必要が生じたのです。
セメンヤさん自身も、以前から自分の性に悩みがあったそうで、現在は女性と結婚し、人工授精によって生まれたお子さんがいらっしゃいます。
遺伝子はズルなのか?
遺伝子レベルで有利な女性をズルだと言い切ってしまうことは非常に問題があります。そういう意見が許されるのなら、極端に言ってしまえば、大谷翔平さんだって遺伝子レベルで有利な体形を手に入れていますが、大谷さんを男子スポーツから除外して別枠にしようということになってしまいます。見る側もする側も性のあいまいさを理解し、科学的な根拠をもってして対処する必要があると思います。